『坂本真綾/夕凪LOOP』

問題の1枚である。菅野よう子KARAKサポート時代→マクロスプラスからの10年来のファンだし、坂本真綾エスカでの歌手デビュー当時からずっと追っかけて来ているが(ちなみにファンクラブには入ってない)、菅野さんからの巣立ちを表明してからの真綾に対する一部菅野至上主義者の心ない発言は目に余るものがある。私も気に食わないのならそんなもの見るなという話だが。菅野さんにしか興味がない、菅野が絡んでない真綾はダメ、というならそれでもいいが、公の場に書き込んだりすることはなかろう。大体、ようやく菅野さんの手を離れこれから積極的に自分の新しい音楽を生み出そうとしている真綾に対し、シングル1枚しかリリースされておらず大したマテリアルがない状態にも関わらず、自らの音楽的視野を狭めるような偏見に満ちた態度を取るのはあまり感心しない。せめてアルバムを聴いてから判断して欲しい。で、そのアルバムが出た。

プロデュースは田村充義(広瀬香美ポルノグラフィティを手掛けている人だそうで)と真綾自身(!)。エンジニアは曲ごとに違う。マスタリングは菅野作品でもおなじみ宮本茂男。作家陣は公式サイトを参照してもらうとして、基本的に私は馴染みのない人ばかり。参加ミュージシャンクレジットでは知った名前がチラホラ。
作編曲の基本バリエーションは、周水中西亮輔(3曲)、h-wonder(3曲)、中塚武(2曲)、鈴木祥子(2曲)、吉俣良(1曲)、浜崎貴司(1曲)の6パターン。ほとんど自らの打ち込みをメインに生楽器を重ねている作風で、編成は見事に全曲バラバラ。とはいえ、出音としては基本的に4ピースのバンドメインになってるので、今までの真綾曲のイメージとそれほど離れているものはない。

アルバムの格となるのは曲数から言っても先行シングル「ループ」やPVも先行公開された「ハニー・カム」といったh-wonderの曲になるだろうか。「ハニー・カム」のPVのかわいいビジュアルイメージと4つ打ちという曲調から「声優アイドルっぽい」という声もあったようだが、それはあくまでもPVを先に観た先入観からと思われ、多少真綾自身のvoも「狙った」ようなところがあるものの(笑)アルバム2曲目に据えたのも納得のライヴ映えしそうな秀曲である。「ループ」も「脱・菅野」後最初の曲としてリリースされたため、評価が厳しくなる宿命を帯びて生まれたようなもの。ちゃんと聴いてみれば成長著しい真綾のvoを十分堪能できるしっとりと優しいメロディ。この曲のキモは大ラスでの「♪Huu〜」というハミングの伸び。真綾のvoの力量がこういうところに現れている。またヘッドホンで聴いてみるとvoの下ラインを歌うコーラスが薄っすらと聴こえ、これがあるとないとでは曲の印象も違う。更に言うと、2曲とも等さんっぽいベースラインやストリングス、シンセシーケンスの使い方、真綾自身の多重コーラスなどアレンジに「プラチナ」あたりを匂わせているようで、良くも悪くもこれまでの真綾像とガラッと印象を変えないような努力が垣間見えるように思えるのは私だけだろうか。h-wonderのもう1曲M-10「冬ですか」は3管入りのやかましいスカ。私はこれは受け付けない(^^;。メロディ(「ハニー・カム」に近い。ワンパターン?)とアレンジが合ってないと思うがどうか。やけに太い音色のウッド・ベースは何と青木智仁。dsの長谷部徹って元スクエアのあの長谷部さんかしら。
さてh-wonderと同じく3曲提供の周水中西亮輔コンビだが、こちらは個人的にドンピシャ! 全く初耳の周水という名前、良いメロディを書くなーと思って調べてみたらKinki Kids玉置成実タッキー&翼などに曲を提供してるんだそうで。アレンジの中西亮輔もジャニーズ系やm-floなんかと仕事をしてるとか。サンプラーの使い方が上手いんだろうか、実に面白いサウンド音楽理論を知らないので感覚でしか分からないんだが、琴線にビンビン触れて来るヴォイシングと転調の妙が気持ち良いこと。特にM-9の「ユニゾン」は静動激しいドラマチックな展開がまるでイエスを更にポップ化したような(?)プログレチックとも言えなくもない派手な1曲で、かなりツボりました。しかも中間部のほんの少しだけではあるが、真綾は♪ピュ〜ン、ミヨンミヨンとテルミン(!)まで弾いてるし。この1曲のためだけでもアルバム買って損はないし、こんなに面白い曲が今後も聴けるんだとしたら周水中西亮輔とガッチリタッグ(トリオ)を組んで欲しい。
とりあえず耳に残った曲だけ。あと他の曲はちゃんと聴いてないしPVも後回し。気が向いたらまた書きますが、時期的に過渡期であることを踏まえれば十分評価に値する出来だし、何と言っても真綾自身が伸び伸びと歌っており、ポジティブに作り上げた感触が伝わってくるのが良い。今後にも大いに期待できる1枚と言える。